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【総括】「わかっている」ことを確認するのはもっと難しい①
2025.08.25
サピックス小学部 事業本部長 溝端 宏光

溝端 宏光
前回の“「教えすぎない」のはとても難しい”というコラムの最後で私は、
ただ、本当はこの話には続きがあります。 私が授業に慣れていく過程で実感したこととして、実は「教えすぎないこと」よりももっと難しいことがありました。それが何なのかについては次の回で触れたいと思います。
と書きました。
今回のタイトルはその内容を受けてのものです。少し補足をすると、
(相手が)「わかっている」(と思っている)内容を確認するのはもっと難しいとなります。
東京大学名誉教授 養老孟司さんは、著書「バカの壁」の冒頭で、大学の薬学部の授業の一幕を紹介し、そこから、本当は何もわかっていないのに「わかっている」と思い込んでいることの怖さに触れられています。
この本は2003年に刊行されたものですが、私が一度目に読んだときは、同じ情報に触れたとしても、本人の学習姿勢や意識によって、そこから得られる情報量は大きく異なるという部分に非常に共感しました。
「わかっている」と自分が思っている内容を誰かから説明されると、どうしても、話を聞く際の真剣さが足りなくなってしまいがちです。子どもたちだけではなく大人にも言える話ですね。

一方で、ごく少数ですが、ある程度知っているはずの情報からも何かしら新たな学びを得ようとする子がおり、そういった子は総じて非常に優秀であるという実感を持っていました。当時はこの仕事を始めてしばらく経った時期で、そういった例を何人か見ていたからです。
このタイプの子はとにかく観察力が鋭くて、細かいことに気がつきます。何気ない日常の風景からでも、色々なことを発見していきます。
同じものを見ていたとしても、得られる情報量が格段に違うのだなと感心したものです。
理科や社会において、「身の回りの物事への興味・関心を持つことが大事」とよく言われます。
一般的には、「身の回りの物事への理解を深めることがそれぞれの教科の基本となる」という教訓として捉えられることが多いのですが、私はそれに加えて、「いろいろなことに興味・関心を持ち、1つの物事からたくさんの情報を吸収できるようにしていくことが能力を伸ばすうえで非常に重要である」という教訓として捉えています。
この「バカの壁」ですが、最近もう一度読み直す機会がありました。
最初に読んでからかなりの年数が経ったからでしょうか。1回目で共感した部分とは別のところが強く印象に残りました。
それは、多くの人が常識と雑学を混同している、という部分でした。
これは、養老さん自身の言葉ではなく、ある評論家の発言を紹介されたものですが、算数の授業を行っていると、雑学レベルで知っているだけのことを「わかっている」と思い込んでいる子が多いことに気づきます。
長年の教師生活の中で私は、「理解の度合いがどのレベルになったときに『(自分はこれが)わかった』と判断するのかは、人によって大きく異なる」という感覚を得ていました。そうしたこともあり、この部分が特に印象に残ったのかも知れません。

具体例を挙げたいと思います。
先日の6年生の授業の中で、テキストには載っていない問題を黒板に書き、子どもたちに解いてもらいました。子どもたちはその問題を見た瞬間、「知ってる!」「この前、別の授業でやった!」と意気揚々と言っていました。
ただ、しばらくすると、その勢いは急に無くなっていき、最終的には、
「『授業でやった!』と言っていた割には……」と私がコメントする結果になってしまいました…。
大人にとっては当たり前の話ですが、その問題を見たことがある、解いたことがある、ということと「わかっている」ことは全く別の次元の話です。
その授業の中で子どもたちには、見たことがある、解いたことがあるという状態で安心してしてはいけないよということを伝えました。
また、これも6年生ですが、「比と割合」の授業ではこのようなことがありました。
「A×3=B×4のとき、A:B=□:□」という問題があり、その答は全員が計算できていました。A×3=B×4=1とするとA:B= 1 3 : 1 4 =4:3となります。 そして、「A×3=B×4のとき、A:Bは3:4の逆比になる」というように、「逆比」という言葉も当然知っていました。
ですが、
「『逆比』とは比の順番を逆にすることでは無かったよね。本来の意味は何だったかな?」と問いかけると、とたんに自信がなさそうな表情の子が増えました。
半数くらいの子は「逆数の比」という正しい回答をしてくれましたが、本来は全員が知っておくべきことです。
2つの比の場合には、逆比はもとの比の前項と後項を入れかえたものと同じ結果になりますが、3つ以上の比の場合はもとの比の順番を入れかえたものとは原則一致しません。
ですので、「逆比とは逆数の比のことである」という本来の意味を知っておくことはとても大事なのですが、「順番を入れかえれば良い」という中途半端な結論だけしか頭に入っていない子が実は多いのです。
さらに、もう一つ質問しました。
「A×3=B×4のように、積が等しいときに逆比が使えたわけだけど、二量の関係で、積が一定の関係のことを『積一定』以外の呼び方で何と言ったかな?」
ほとんどの子が“沈黙”でした。
答は「反比例」です。確認したところ、「反比例」という言葉自体は全員が知っていました。でも、「反比例」と「積一定」がつながっていなかったのです。

授業でこれを確認したのは、「『逆比』とはどのような計算処理をすることなのか」を手順として正しく把握していたとしても、「どのような場合に『逆比』が使えるのか」を知らなければ、使いこなせる状態になっているとは言えないからです。
今回挙げた事例は今年の授業での出来事ですが、実は、毎年の授業において同じようなことは繰り返されてきました。
先ほど私が述べた、
- ◆雑学レベルで知っているだけのことを「わかっている」と思い込んでいる子が多い
- ◆理解の度合いがどのレベルになったら『(自分はこれが)わかった』と判断するのかは、人によって大きく異なる
今回は具体例の紹介が中心でしたが、次回以降、「わかっている」と思い込んでいる子に話をすることの大変さについて触れていきたいと思います。