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“ことば”は概念を閉じ込める器②
2026.07.21
サピックス小学部 事業本部長 溝端 宏光
溝端 宏光
前回のブログでは、保護者の方からの「算数には、なぜつるかめ算、平均算、……といったカテゴリー分けがあるのでしょうか?」というご質問を紹介しました。
私はその理由が2つあると考えていますが、その説明をするために、まずは算数と数学の違いについて触れていきました。
ポイントとしては、以下の2点が挙げられます。
- 数学は一般化して考える学問だが、算数は特殊化された世界の中の学問
- 算数では、その問題限定であてはまる性質を利用して解くと鮮やかに解けることがある
様々な視点で問題にアプローチできることが算数の魅力の一つであり、だからこそ「○○算」という形で色々なものの見方を勉強しているのだと私は捉えており、これが、私の考える理由の1つ目です。
ここまでが前回の振り返りです。
今回はもう1つの理由について触れていきたいと思います。
前回のブログでは、つるかめ算の解法についても触れました。詳細は前回のブログをご覧頂ければと思いますが、つるかめ算の考え方は応用範囲が広く、速さの問題や水量グラフの問題、平面図形などでも利用することがあります。
子どもたちに幅広く利用してもらうためには、「つるかめ算の問題」「つるかめ算の考え方」という概念を全員に共有していく必要があります。
前回もお伝えした通り、一般的な「つるかめ算の問題」とは、数学的に言えば「2変数の和がわかっているタイプの一次方程式の問題」であり、こうした問題を「極端な場合を仮定して、その場合と実際の場合との差に注目して考えていく方法」のことを算数では「つるかめ算の考え方」と呼んでいます。
正直なところ、上記の説明でピンとくる方は非常に少ないのではないかと思います。
「つるかめ算の問題」「つるかめ算の考え方」という概念を説明すると上記のようになるのですが、概念を概念のまま伝えようとすると非常にわかりにくくなってしまうことは、このことからもお分かりいただけると思います。
そうした概念を閉じ込める器が“ことば”です。
「つるかめ算」という言葉があるおかげで、例えば授業中に「“つるかめ”使えるよね!」といった説明をするだけで、子どもたちにそのイメージが容易に伝わるのです。
タイトルにある、「“ことば”は概念を閉じ込める器」とはそういった意味です。
正直なところ、「つるかめ算の問題」「つるかめ算の考え方」という言葉に対して持っているイメージは、人によって少しずつ違うのだと思います。先ほど述べた説明は、あくまで私の捉え方であって、人によっては少し違うイメージを持たれている方もいらっしゃることでしょう。
概念の捉え方は人によって少しずつ差があるものですが、「つるかめ算」のような共通言語を用いることによって、人による捉え方の差も飲み込むことができるのです。
繰り返しになりますが、様々な視点で問題にアプローチできることが算数の魅力の一つです。
だからこそ、色々な考え方を“ことば”に閉じ込めることによって、共通認識化して子どもたちが使いやすくしているのだと考えています。
これが私の考える理由の2つ目です。
実際、算数で用いる“ことば”には、正式な数学用語もあれば、そうではないものもあります。
例えば、「部分分数分解」や「円順列」、「三角数」は正式な数学用語です。
一方で、正式な用語ではないものとしては「ベンツ切り」「シャドーの考え方」などが挙げられます。
「ベンツ切り」とは、三角形を、内部の点から各頂点に向かって直線を引くことで3つの部分に切り分け、各部分の面積比を考えていく方法のことを指しますが、切り分ける際に引く線がベンツのマークに似ていることから「ベンツ切り」と呼ばれています。
また、「シャドーの考え方」は、主に点の移動の問題を解く際に用いられるもので、問題文で与えられている点とは別の点を自分で作り、その動きに注目するという考え方です。「シャドー」と言うと日光や照明による影をイメージするかもしれませんが、影武者のイメージに近いですね。
誰が名付けたのかは定かではありませんが、どちらのことばも中学受験界ではかなり有名です。
生徒の間で浸透しているため、中学に入ってもそのことばを使う子が多かったらしく、中学校の数学の先生と座談会をした際に、「ベンツ切り」について聞かれたこともあります。ちなみに数学の定理で言うと、「チェバの定理」「メネラウスの定理」あたりが「ベンツ切り」の考え方に近いです。
このように、概念を短くインパクトがある言葉に閉じ込めることによって、子どもたちの印象に残りやすくなるという効果も得られます。
そのため、講師の中には、その講師独自の名称を色々とつけて考え方を紹介する人もいます。三角形の外角の関係のことを「スリッパ」と名付けたり、星形五角形の角度の和を求める問題を「アポロの定理」と名付けたりと様々です。
もちろん、子どもたちに印象を残すという意味では効果がありますので、一概に否定するものではないのですが、先ほど述べた通り、概念をことばに閉じ込めることには、共通認識を作るという大きな目的があります。一般的ではない名称をつけてしまうと、“その先生の授業を受けている子にとっては共通認識となっているが、それ以外の子とは話が合わない”といったことが生じますので、私個人としては、できる限り独自の言葉は使わず、「ベンツ切り」「シャドーの考え方」のように一般的に流通している言葉を意識して用いるようにしています。
このような名称のついた概念や考え方は“必勝法”と呼ばれることも多く、価値のあるものとして捉えられることが多いのですが、お子さまが勉強する際には扱いに注意が必要です。
それは、こうしたことばは概念の共通認識化のために作られた言葉であり、子どもたちの取り組み方の指標になるものではないからです。
どうしても「○○算」「○○の考え方」と言われると、「その通りに解かなければならない」となってしまいがちですが、何度もお話ししている通り、問題へのアプローチのしかたはいくつもあります。
例えば「つるかめ算」にしても、前回のブログで紹介した考え方以外にも、平均を用いて考えることも可能ですし、結局は「2変数の和がわかっているタイプの一次方程式の問題」ですから方程式で解くことも可能です。ちなみに、算数においては方程式の考え方のことを「消去算」と呼んでいますので、「消去算でも解ける」と言いかえることもできます。
このように、様々な視点で考えることは算数の力を鍛えるうえでとても大事で、サピックスの授業でも、上の学年になればなるほどこういったことを子どもたちに意識してもらうようにしています。
初めて学習した際など、まだその考え方が定着していない段階で様々な視点を提供してしまうと多くの子が混乱してしまいますので、その考え方を使い慣れてきた段階で意識してもらうようにしているのです。
ご家庭での学習においても、お子さまが別解に興味を持ち、自分で色々と試しているようであれば、その時間をぜひ大事にしてあげて頂きたいと思います。
一方で、あまり別解に興味がない様子の場合は、無理強いしてしまうと逆効果になりかねませんので、授業で刺激を受けて帰ってきたタイミングがあればそのときに上手に促してあげる程度で大丈夫です。
先ほども紹介した通り、上の学年になればなるほど授業の中でそういった機会は自然と増えていきますので、長い目で見てあげてください。